ポール・モートン

1875年、モートンはイリノイ州シカゴに移り住み、シカゴ・バーリントン・アンド・クインシー鉄道に就職した。
モートンは一般貨物取扱の部門で働いた。その後モートンはアッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道に移り、最終的に副社長となった。
モートンは金本位制を支持する民主党の党員であったが、1900年に共和党に移った。
1904年6月、モートンは共和党内における厚い人脈と経済界における事業の成功が評価され、セオドア・ルーズベルト大統領によって海軍長官に指名された。
この指名は、ルーズベルト大統領が前任の海軍長官ウィリアム・ヘンリー・ムーディのポストを司法長官に移したことに伴う、突然のものであった。
モートンは合衆国海軍の事務についてほとんど何も知らない状態であったが、同年12月4日にモートンは上院の承認を受けた。